大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成2年(行ケ)164号 判決 1992年2月27日

東京都千代田区丸の内二丁目五番二号

原告

三菱油化株式会社

右代表者代表取締役

吉田正樹

右訴訟代理人弁護士

久保田穰

増井和夫

東京都千代田区霞が関三丁目四番三号

被告

特許庁長官 深沢亘

右指定代理人

平林好隆

有阪正昭

加藤公清

磯部公一

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

「特許庁が昭和六三年審判第一四一五一号事件について平成二年四月一二日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

二  被告

主文同旨の判決

第二  請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

出願人 原告

出願日 昭和五四年一一月一九日(昭和五四年特許願第一四九八七一号)

発明の名称 「アクリル酸の製造法」

出願公告 昭和六二年四月一八日(特公昭六二-一七五七九号)

拒絶査定 昭和六三年五月一一日

審判請求 昭和六三年八月四日(昭和六三年審判第一四一五一号事件)

審判請求不成立審決 平成二年四月一二日

二  本願発明の要旨

プロピレン、分子状酸素及びスチームを含む混合ガスを第一段接触酸化反応に付してプロピレンを主としてアクロレンに転化させ、第一段接触酸化反応生成ガスを第二段接触酸化反応に付してアクロレンを主としてアクリル酸に転化させることからなる二段気相接触酸化によってアクリル酸を製造する方法において、この酸化を次の条件で実施することを特徴とする、アクリル酸の製造法。

A  少なくとも第一段接触酸化反応を、左記のとおりに定義される反応帯域中で実施すること。

1 この反応帯域は、ガスの流れる方向に延びた細長い単位反応帯域の複数個を並列に結合したものからなること。

2 この単位反応帯域は、酸化触媒充填層からなる反応部とその下流側に隣接する固体不活性材料の充填層からなる冷却部とからなること。

3 この反応部と冷却部とは、それぞれ独立に温度が制御し得ること。

B  第一段接触酸化反応に付すべきガスが、左記の条件にあること。

分子状酸素/プロピレンモル比=1.17~1.66

スチーム/プロピレンモル比≦4

プロピレン濃度=7~15%

ガス圧=0.4~1.5kg/cm2(ゲージ)

C  第一段接触酸化反応により右単位反応帯域の反応部で生成したガスを、右冷却部において二八〇℃以下に急冷すること。

D  このようにして得られた第一段接触酸化反応生成ガスを第二段接触酸化反応に付すに当たり、この第二段接触酸化反応に付すべきガスが分子状酸素とスチームとの混合ガスの添加によって左記の条件にあること(但し、組成は第一段接触酸化反応に付すべきガスとの合計量基準である。)。

分子状酸素/プロピレンモル比=1.75~2.5

スチーム/プロピレンモル比=1~5

ガス温度=二八〇℃以下

三  審決の理由の要点

1  本願発明の要旨は前項記載のとおり(本願明細書特許請求の範囲に同じ。)である。

2  特開昭五〇-二五五二一号公報(以下、「引用例一」という。)には、原料ガスを第一段接触酸化反応に付してプロピレンを主としてアクロレンに転化させ、該反応の生成ガスを第二段接触酸化反応に付してアクロレンを主としてアクリル酸に転化させることからなる二段気相接触酸化(以下、「二段法」という。)によってプロピレンからアクリル酸を製造する方法が記載されており、更に、原料ガスとしてプロピレンと空気と水蒸気(スチーム)との混合ガスを用いること、該混合ガスはプロピレン濃度八ないし一四容量%、水蒸気/プロピレンモル比〇・三五ないし五・七五、かつ空気/プロピレンモル比三・二八ないし一〇・八八の組成とすること、第一段の反応からの生成ガスを第二段の反応に付するに当たり該ガスに酸素と水蒸気と(引用例一の特許請求の範囲には「水蒸気または酸素」と記載されているが、引用例一の全記載に徴し、当該記載は「水蒸気および(または)酸素」の趣旨と解する。)を追加すること、及び、第二段の反応に付するガスは第一段の反応に付したプロピレンに対する酸素又は水蒸気の第一段の反応に供給した量とその後追加した量との合計量を基準として酸素/プロピレンモル比一・八五ないし四・〇かつ水蒸気/プロピレンモル比二・〇ないし五・〇の組成とすることが記載されている。

特開昭五一-三六四一五号公報(以下、「引用例二」という。)には、二段法によってプロピレンからアクリル酸を製造する方法が記載されている。引用例二にはまた、第一段からの生成ガスを一五〇ないし三二〇℃、特に好ましくは二〇〇ないし二七〇℃に迅速に冷却すること、そして、操作条件により流出物中で気相におけるアクロレンの制御し得ない「後期燃焼」を生ずることがあり、この後期燃焼は反応器流出物の温度が高いほど、また触媒層の後方の冷却されない空間における流出物の滞留時間が長いほど著しくなること、更に、操作条件のうち圧力は常圧並びに高められた圧力で操作することができ、好ましい圧力は一ないし五気圧であることが記載されている。

更に、米国特許第三一四七〇八四号明細書(以下、「引用例三」という。)には、反応器と冷却器とが一体に結合された装置が記載されており、そして、該装置は筒状の外壁と隔壁と該隔壁を貫通する並列に結合された複数の細長い流路とを有すること、前記隔壁は装置内部を互いに隣接する少なくとも二個の室に仕切っていること、各室には温度の異なる熱媒体が流されること、該熱媒体の少なくとも一方は冷媒である(それゆえ、前記流路のうち該冷媒が流されている室内に存在する部分は冷却部を形成することになる。)こと、及び、前記流路はその入口端に近い室内に存在する部分に触媒を含有し該部分が反応部を形成することが記載されている。引用例三には、更に、右のような装置構成を採ったことによって、反応部から流出する反応ガス流は直接冷却部に流入し、ガス流を反応温度以下に冷却するのに要する時間を短縮することができること、そして、その故に右装置はオレフィンの酸化のような反応に使用すると反応部から流出する生成ガス中に残留する酸素が惹起する副反応を抑制することができて有用であり、典型的な適用例として水蒸気の存在下でのプロピレンのアクロレンヘの酸化反応に使用されることが記載されている。

3  本願発明と引用例一記載の発明とを対比するに、プロピレンからアクリル酸を製造するに当たり二段法を採用している点で両者は軌を一にしている。また、第一段の反応及び第二段の反応の際の分子状酸素/プロピレンモル比及び水蒸気/プロピレンモル比、並びに、第一段の反応の際のプロピレン濃度も両者の間でその範囲が重複している。

そして、両者の相違点は、第一段の反応に使用する装置、すなわち、本願発明においては前記特許請求の範囲中のA項に記載されている特定の装置を使用するのに対し引用例一には使用する装置については触れるところがない点(相違点一)、第一段の反応に付するガス圧力、すなわち、本願発明においては該圧力が〇・四ないし一・五kg/cm2(ゲージ)に限定されているのに対し引用例一には該圧力については触れるところがない点(相違点二)、及び、第一段の反応からの流出ガス及び第二段の反応に付するガスの温度調節、すなわち、本願発明においては第一段の反応の反応部からの流出ガスを冷却部で二八〇℃以下に冷却しかつ二八〇℃以下で第二段の反応に付するのに対し引用例一にはガスの温度調節についても触れるところがない点(相違点三)の三点にのみある。

4  右相違点について検討する。

(一) まず、相違点二について、第一段の反応をわずかな加圧状態で行なうことは、引用例二に記載されているだけでなく、二段法によるアクリル酸製造の第一段の反応の操作条件としては普通の条件であり、それゆえ、このような圧力条件を採用することに格別の困難があったとも考えられないから、この点をもって本願発明を進歩性あるものとみることはできない。

(二) 次に、相違点三について、第一段の反応からの生成ガスを急冷することは引用例二に記載されているところであり、この操作が第一段の反応で生成したアクロレンが惹起する副反応を抑制するために必要なものであることは引用例二の記載から明らかである。そして、引用例二記載のアクリル酸の製法も、引用例一記載のそれも、二段法によるものであり、その第一段の反応で主としてアクロレンが生成するものである点で軌を一にするから、流出ガスを急冷するという引用例二記載の副反応の抑制法を引用例一記載の方法に適用することは当業者が容易に想到し得るところというほかない。そして、急冷によって到達すべき温度範囲、特にその上限は本願発明と引用例二の記載とでほぼ一致しているから、該温度範囲を設定するのにも格別の困難はなかったものと思われる。

もっとも、本願発明では、先にみたように、第二段の反応に付するガスの温度をも二八〇℃以下と規定しているところ、引用例二でも該温度についてまでは触れていない。しかしながら、引用例二記載の方法で第一段の反応からの流出ガスを急冷するのは、先にみたように、生成したアクロレンが惹起する副反応を抑制するためであり、しかも、引用例二には該副反応は流出ガスの温度が高いほど著しいことが記載されているのであるから、一旦急冷したガスを第二段の反応に付する以前に昇温させるようなことは回避すべきであることは右引用例二記載から自明の事項であり、それゆえ、第二段の反応に付するガスの温度を規定したことをもってしても本願発明を進歩性あるものとみることはできない。

(三) 最後に、相違点一の点について、引用例三記載の装置が前記本願明細書特許請求の範囲中のA項に記載されている要件の全てを充たしていることは本願明細書と引用例三との対応する記載を対比して明らかである。そして、右相違点二についての検討でみたように、本願発明の第一段の反応の主たる生成物であるアクロレンが惹起する副反応を抑制するためには第一段の反応からの流出ガスを急冷することが必要であるところ、引用例三には該引用例記載の装置は反応部からの流出ガスの急冷ができることが記載されているばかりでなく、本願発明や引用例一及び引用例二記載の方法の第一段の反応であるプロピレンのアクロレンヘの酸化反応に該装置が適用できるとまで記載されているのであるから、引用例一記載の方法に第一段の反応からの流出ガスを急冷するという引用例二記載の手段を適用するに際し、そのための装置として引用例三記載の装置を用いることは当業者であれば極めて容易に想到し得ることというほかない。

5  以上のとおりであるから、本願発明は前記引用例一ないし三に記載されている各発明に基づいて当業者が容易に発明することができたものというほかなく、特許法二九条二項の規定により特許を受けることができない。

四  審決の取消事由

審決の理由の要点1ないし3及び同4一は認める(但し、原告は、同3に関して、引用例一に対し本願発明の分子状酸素/プロピレンモル比は充分に狭く限定されており、その選択的効果を主張するものである。)。同4(二)のうち、第一段の反応からの生成ガスを急冷することは引用例二に記載されているところであり、この操作が第一段の反応で生成したアクロレンが惹起する副反応を抑制するために必要なものであることは引用例二の記載から明らかであるとの点、及び、本願発明では、第二段の反応に付するガスの温度をも二八〇℃以下と規定しているところ、引用例二でも該温度についてまでは触れていないとの点は認め、その余は争う。同4(三)のうち、引用例三記載の装置が前記本願明細書特許請求の範囲中のA項に記載されている要件の全てを充たしていることは本願明細書と引用例三との対応する記載を対比して明らかであるとの点を認め、その余は争う。同5は争う。

審決は、相違点一及び三に対する判断を誤り、また、本願発明の奏する作用効果の予測困難性、及び、本願発明の操作条件の幾つかの数値限定のうち特に酸素とプロピレンのモル比及び第一段反応による生成ガスの急冷温度に関する数値限定の想到困難性に関する判断を誤った結果、本願発明の進歩性を否定したものであり、違法として取り消されるべきものである。

1  相違点三に対する判断の誤り(取消事由一)

(一) 引用例一記載の発明の実施不能

(1) 引用例二には、プロピレンから二段法によりアクリル酸を製造する方法において、第一段の反応器を出た生成ガスをもし急冷をしないと右ガスが急激な副反応を生じて著しい収率の低下をきたすことが詳述されている。すなわち、引用例二は、アクリル酸を製造する際に生ずる第一段の反応ガスの後期燃焼に伴う反応の困難性を述べ、その困難性を総て解決した方法は存在せず従来技術は総て不完全であることを説明したうえで、廃ガスを第一段反応からの熱い生成ガスに混ぜることにより迅速に冷却することを提案している。

このことから、二段法によりプロピレンからアクリル酸の合成をする場合には、第一段反応からの生成ガスの後期燃焼(「後期燃焼」は後出の「自動酸化」と同義。以下においても同様である。)を防止する何らかの手段を講じないと、この反応は著しく収率が低下し、実施できないということがわかる(なお、引用例二記載の方法によってさえ、アクリル酸の収率は六七モル%(実施例一)又は七六モル%(実施例二)に止まっていた。)。

ところが、引用例一では、後期燃焼を防止する手段を何も記載しておらず、引用例一の記載の発明は実施不能であり、開示された結果(収率)も現実のテータとは考えられない。

なお、引用例二には酸素及びアクロレンの分圧が高いほど後期燃焼が激しくなることが教示されており、他方、引用例一記載の発明の反応はプロピレンを高濃度で高転化率で反応させるものであるから、後期燃焼の程度は一層強いと考えられる。

(2) 引用例一に記載された発明が実施不能であることは、本願発明によっても明確に証明される。

すなわち、本願明細書によれば、高濃度で第一段のプロピレン酸化を行った場合第一段反応からの生成ガスを二八〇℃以下まで急冷しないと急激な自動酸化(後期燃焼)を生じてしまうことが明らかであるところ、これは本願発明の右生成ガスの性質であるから、同様の濃度と反応率の下では避けることができないものであり、引用例一記載の方法をそのまま実施すれば、自動酸化が必ず起こり、収率が著しく低くなるか爆発限界を越えて爆発することは明らかである。

(二) 引用例一記載の発明と引用例二記載の発明とを組み合わせることの予測困難性

(1) 本願発明は、プロピレン濃度が七ないし一五%の高濃度法であり、かつ、第一段反応における高アクロレン収率を目指すものであるのに対し、引用例二記載の発明におけるプロピレン濃度は、実施例一では約六・五%、実施例二では五%であり、いずれも本願発明の範囲の下限より低く、引用例二記載の発明はプロピレン濃度が七%より低い低濃度法である。低濃度法と高濃度法では第一段反応からの生成ガス中のアクロレンの量も酸素の量も変り、副反応の速度も変るものであるから、副反応の抑制のためにどのような冷却条件と冷却方法が必要かという点は、全く独自に検討し直さなければならない問題であり、単純に引用例二記載の発明の冷却温度条件を引用例一記載の発明の他の反応条件と組み合わせればよいというものではない。

そして、引用例二には、酸素とプロピレンの分圧やモル比が爆発限界及び後期燃焼の防止にそれぞれ影響することが明記されており(二頁左上欄三行ないし右上欄三行)、引用例二記載の発明における急冷し方法は、同発明における酸素、プロピレンの濃度等の反応条件と一体のものとして理解しなければならず、引用例一記載の発明が目標としているような高いプロピレン濃度の場合には急冷工程を追加するだけで実施可能になるかどうか容易に予測できるはずはなかったものである。

(2) 引用例一には、アクリル酸の収率は八三・〇モル%又は八三・二モル%のものが示されている。この数値は、現実に行った実験結果というより単なる出願人の希望を記載したものと推測されるが、仮にこれを文字どおり信用するとすれば、急冷操作を施した引用例二記載の発明よりも引用例一記載の発明の方がはるかに高い収率であり、高い収率を得るために急冷を要する旨の引用例二の教示は誤っていると考えるのが自然であり、引用例一記載の発明と引用例二記載の発明を組み合わせようという動機は生じない。

なお、引用例二記載の発明は、一般的にアクリル酸生成反応は冷却すれば収率が上がるものであることを教示している発明ではない。制御し得ない後期燃焼を阻止するために従来考案された技術(冷却には限られない。むしろ明細書中に検討しているものは希釈剤を加える技術のほうが多い。)は全て不満足であったとして、一定の割合で廃ガスを加えることがよいとしているのである。ところが、引用例一記載の発明は、第一段反応及び第二段反応に付するガスの組成を特定しているのであるから、強いて引用例二記載の発明に従って引用例一記載の発明の供給ガスに廃ガスを加えれば、引用例一記載の発明にいうガス組成は変わらざるを得ず、八三モル%と称する収率は必然的に保証できなくなる。そして、引用例二記載の発明において収率が五三モル%から六七モル%に高められるということは冷却の効果ではなく、引用例二の実施例一と比較例一bとを比較すれば明らかなように、その方法の採用により、従来とは異なるガス組成を用いることができ、その結果としてアクリル酸の収率が上がるといっているのであり、特定の組成を定めている引用例一記載の発明におけるガス組成をどのようにすればその収率を本願発明のように八八モル%とすることができるのか、引用例二からわかるはずはない。

2  相違点一に対する判断の誤り(取消事由二)

本願発明者は、高濃度法における第一段反応流出ガスの自動酸化の現象を究明することにより必要とされる冷却条件を解明し、その条件を実現するための装置構成を採択した。触媒反応用装置及び冷却用装置に関する特許文献は無数といってよいほど沢山あるはずであるから、その中から本願発明の新規な反応条件に適合した装置を選択して採用することは充分発明的価値を有するものである。

引用例二には、引用例三に記載された充填剤を有する管式熱交換器はアクリル酸製造装置としては不適切である旨の記載がある。引用例二記載の方法によるアクリル酸の収率は最高七六モル%に止まっていたことは前記のとおりであるところ、引用例二記載の発明自身が最良とする廃ガス吹込み法でさえ最高七六モル%の収率しか達成できないときに、引用例二記載の発明がさらに劣るとする管式熱交換器を使用する動機が生まれるはずがない。

3  本願発明の奏する作用効果の予測困難性(取消事由三)

本願発明は、引用例一ないし三記載の発明を組み合わせたというよりも、独自の内部的研究の結果であり、現れたものがたまたま引用例一ないし三記載の発明のそれぞれに要素として似ているところがあるというにすぎない。

本願発明は、実施しにくいと考えられる高濃度のプロピレンを使用しつつ、公知例のいずれよりも高いアクリル酸の収率(引用例一が八三モル%、引用例二が最高七六モル%であるのに対し、本願発明では八八モル%)を一回の反応で達成するものであり、本願発明のような工業的装置において五モル%の収率の向上は極めて大きな意味を持つものであって、このような本願発明の奏する作用効果は容易に予測できるものではない。

4  本願発明における数値限定の想到困難性(取消事由四)

(一) 本願発明は、操作条件の幾つかの数値限定をしているところ、特に酸素とプロピレンのモル比に関する数値限定に重要な意味がある。

すなわち、酸素とプロピレンが反応してアクロレンになる第一段の反応は、本質的に一分子対一分子の反応であるから、モル比は一の近傍にすればよいと推測すること自体には特に困難はなく、〇・六八八ないし二・二八という引用例一の酸素とプロピレンのモル比の数値(引用例一には空気とプロピレンのモル比が記載されているだけなので、その数値を酸素とプロピレンのモル比に換算した値)は、まさに一を中心にその前後をかなり広くとったというだけのものであり、工業的プラントにおける製造の指標にはならない。ところが、現在普通に使用され、本願発明でも使用されている触媒は、酸素が小過剰でないと充分に反応しないばかりか、固体炭素が発生して触媒に付着し失活させるので、酸素の量をどれだけ過剰にする必要があるかは重要な問題である。本願発明は、実施例一ないし三と比較例一、二の実験結果に基づき、モル比が一・二五より高い場合にはプロピレンの転化率(反応率)が九七%を越える(ほとんど完全に反応する)のに、一・一一以下では転化率が九〇%を下回って不充分であるから、一・一一と一・二五の中間の一・一七を下限値としたものである。このような実験的に証明された下限値の臨界性は引用例一記載の発明から全く予測できない。

また、本願発明における酸素とプロピレンのモル比の上限が爆発限界に基づいて選択されたことも、本願明細書に明記されている。具体例を示すと、プロピレンの濃度を八%で運転する場合、本願発明の酸素とプロピレンのモル比の上限値一・六六の場合には空気濃度は六三・二%と計算され、残りをスチームとすればこの組成は爆発限界の外であり安全に運転できるが、引用例一では、空気はプロピレンの一〇・八八倍まで使用してよいから、その範囲内の組成としてプロピレン八%に空気を八〇%とし、残り一二%がスチームとなるようにすると、爆発範囲内であり安全運転はできない。

第二段の反応では、第一段の反応ガスに酸素(空気)を更に添加するが、そうするとまた爆発の危険が増すから、本願発明の第二段の反応における酸素とプロピレンのモル比の限定も同様に重要である。このモル比の上限は爆発を避けるため厳格に特定されなければならず、本願発明のモル比上限二・五はこの観点から定めた数値であるのに対し、引用例一記載の発明のモル比上限は四・〇にも達しており、極めて危険な範囲を含んでいる。

以上のように、引用例一記載の発明の酸素とプロピレンのモル比の数値範囲は、何ら技術的裏付けのないものであり、本願発明の酸素とプロピレンのモル比の数値範囲とは技術的意味を異にするものであるところ、本願発明の酸素とプロピレンのモル比の数値範囲の要件は引用例記載の発明のいずれからも容易に知ることができないものである。

(二) 本願発明は第一段反応による生成ガスの温度を二八〇℃以下に急冷することを要件としているが、それは第一段反応による生成ガスの自動酸化率を〇・二%以下に維持することをもって反応を安全に行い得るか否かの境界としているためである。この二八〇℃という温度の臨界性については、引用例一ないし三のいずれにも記載はなく、本願発明者がこの高濃度反応を行ううえで新たに見出した知見である。

第三  請求の原因に対する認否及び被告の主張

一  請求の原因一ないし三は認める。同四は争う。審決の認定、判断は正当であり、審決を取り消すべき違法はない。

二1  取消事由一について

(一) 引用例一には、原料ガス組成、触媒、反応温度等の反応条件が詳しく記載されており(三頁左下欄一一行ないし五頁右上欄末行)、更に、実施例においては具体的な態様が詳細に記載されているとともにアクリル酸を長時間にわたって高収率で安定的に製造し得ることが記載されている(実施例一ないし一二)。したがって、引用例一の記載は実施不能ではない。

(二) 引用例一記載の発明と引用例二記載の発明は、いずれもプロピレンを原料として、接触酸化反応によって第一段反応において主としてアクロレンを生成させ、次いで第二段反応においてアクリル酸を製造するものであって、原料、中間生成物、最終生成物及び反応様式を同じくするものであり、また、いずれも生成物の収率向上を重要な課題とするものであるから、引用例一記載の発明において、引用例二記載のごとく反応生成ガスを迅速に冷却して「後期燃焼」の副反応を抑制する手段を適用することによって、収率向上の効果を達成し得るであろうと予測することは、当業者にとって何ら困難なことではない。

なお、原料ガス中のプロピレン濃度が七%のものを境にして「高濃度法」及び「低濃度法」の名称を与えたとしても、これらはいずれもプロピレンを原料として接触酸化反応によってアクロレンを経てアクリル酸を製造するという反応の実態において何ら差異があるものではないから、両者をまったく別異の反応として扱うべきいわれはなく、また、引用例二の実施例一では、本願発明及び引用例一記載の発明におけるプロピレン濃度七%とほぼ同等の六・五%の濃度のものを使用していることからみて(引用例二の実施例一プロピレン濃度が六・五%であることは認める。)、引用例一記載の発明において、生成物の収率向上を目的として、引用例二記載の急冷手段を採用することは当業者にとって推考容易なことである。

2  取消事由二について

引用例二において、引用例三に記載された装置がアクリル酸製造装置として不適切である旨の開示はない。

引用例三に記載された装置は、プロピレンの酸化反応において生成ガスを急冷するのに適した装置であるから、これを引用例一及び二記載の発明と組み合わせることは当業者が容易に推考し得ることがらである。

3  取消事由三について

引用例一には、プロピレンを原料として二段法によりアクリル酸を製造する方法が記載されており、実施例一において、アクリル酸を八三・〇モル%(二四時間後)、八三・二モル%(一〇〇〇時間後)の収率で得た旨が記載されている。そして、引用例一記載の発明は、第一段反応後に急冷工程を採用しないものであるが、プロピレンを原料として二段法によりアクリル酸を製造する方法において第一段反応後に急冷工程を採用した場合にかなりの収率向上を達成し得ることは、引用例二の記載から当業者が充分予測し得るところであるから、本願発明における効果は引用例一及び二記載の発明から予測し得る効果を越えるものではない。

また、引用例三の記載からみて、引用例三記載の装置を選んで使用したことによって格別予期し得ない顕著な効果を奏したものでもない。

4  取消事由四について

(一) 本願発明と引用例一記載の発明とは、酸素とプロピレンのモル比において重複しており(引用例一記載の発明における第一段反応に付されるガスの酸素とプロピレンのモル比は〇・六八八ないし二・二八であり、第二段反応に付される酸素とプロピレンのモル比は一・八五ないし四・〇であるとの原告の主張は争わない。)、このように、引用例一記載の発明における酸素とプロピレンのモル比が公知である以上当業者であれば、これらの条件を変えて追試し、所望の条件を見出すことは通常試みることであり、酸素とプロピレンのモル比の数値限定によって本願発明の進歩性を認めることはできない。

(二) 第一段反応による生成ガスの自動酸化率を〇・二%以下に維持することが反応を安全に行い得るか否かの境界になることについては本願明細書に記載がない。引用例二には、第一段反応の後方で反応ガス混合物を一五〇ないし三二〇℃に迅速に冷却する方法が記載されており、「後期燃焼」を防止するために反応流出物を特に好ましくは二〇〇ないし二七〇℃に冷却することが有効であり、これによって生成物の収率を向上し得ることが記載されているから、これらの記載から、急冷によって到達すべき温度範囲も、当業者が容易に設定し得るところである。

第四  証拠関係

本件記録中の書証目録の記載を引用する。

理由

一  請求の原因一ないし三(特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨、審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。

二  本願発明の概要

成立に争いのない甲第二号証(本願発明の特許公告公報。以下、「本願公報」という)(二欄一八行ないし七欄三七行)によれば、本願発明は、プロピレンの二段気相接触酸化によってアクリル酸を製造する方法、更に具体的にはプロピレンを高濃度で酸化してアクリル酸を製造する方法に関するものであること、プロピレンを空気を用いて二段階に気相で接触酸化してアクリル酸を製造する方法として、第一段ではプロピレンを空気とスチーム又は窒素等不活性ガスと混合してプロピレンを主としてアクロレンと副生量のアクリル酸に転化させ、その出口ガスを生成物を分離することなく第二段の反応器へ供給するとともに第二段で反応させるに要する酸素あるいはスチームを新たに加え、第二段ではアクロレンを主としてアクリル酸に転化させ、生成されたアクリル酸を水溶液としてガス流から分離回収した後、抽出蒸留等の操作を経て単離する方法、あるいは第二段出口ガス流を予冷の後適当な溶剤でアクリル酸を吸収して分離する方法は既に工業化されてはいるが、アクリル酸を経済的に製造する目的に対し、現在の技術は必ずしも満足し得るものではないこと、その重要な因子の一つである反応原料組成に関していえば、第一段でプロピレンを酸化してアクロレンを生成させる場合の経済的に理想的なプロピレン濃度は一七・四%であるが、諸種の制約から実際には四ないし七%のものが多用されており、その技術的打解策として、触媒の選択性を一〇〇%目的物へ近付けること及びプロセス面での安全策が必要とされていること、高濃度プロピレンの原料ガスを第一段へ供給し、その出口で酸素及びスチームを補給して第二段へ供給してアクリル酸を製造する方法は、特開昭五〇-二五五二一号公報で公知であるが、本願発明者らの知るところによれば、この方法は熱除去の面に無理があるようであり、また安全上の対策が何ら講じられていないので、これを工業装置に適用することは不可能であること、プロセス面での安全上の問題は、プロピレン、アクロレン等の爆発性組成物の形成を避けること及び第一段出口においてアクロレンの自動酸化による暴走的燃焼反応が起こる危険があるのでこれを防止又は抑制することにあり、その解決のための様々な提案がなされているが、これらの提案の効果はいずれも完全であるとはいい難く、工業装置に適用する場合は未だ不充分であるのに対し、本願発明は、本願発明者らが、プロピレンを接触酸化してアクリル酸を製造する方法に関して工業的に安全かつ経済的な方法を確立すべく、酸化工程に関する基礎的事項、すなわち酸化触媒の特性の解明、爆発限界の精測、アクロレンの自動酸化速度の測定等を行った結果見出だした事実に基づいて、前記の本願発明の要旨のとおりの構成を採用することにより、プロピレン濃度を七ないし一五%と高めることができ、これらよって、高収率のアクリル酸を経済的に生成でき、かつ、アクロレンの自動酸化による暴走的燃焼反応の危険は完全に除かれているとするものであることが認められる。

三  審決の取消事由に対する判断

引用例一ないし三の記載内容が審決の認定のとおりであること、本願発明と引用例一記載の発明とは審決が認定するとおりの一致点及び相違点一ないし三を有すること、並びに、相違点二に対する審決の判断が相当であることについては、当事者間に争いがない

1  取消事由一に対する判断

(一)  引用例一記載の発明の実施可能性について

(1) 引用例二の記載から、プロピレンから二段法によりアクリル酸を製造する方法において、第一段の反応ガスの後期燃焼を防止する何らかの手段を講じないと収率が低下し実施できないことがわかるところ、引用例一では後期燃焼を防止する手段を何も記載しておらず、引用例一記載の発明は実施不能である旨の原告の主張について検討する。

成立に争いのない甲第四号証(引用例二)によれば、引用例二には、プロピレンから二段法によりアクリル酸を製造する方法における第一段の反応ガスの後期燃焼を防止する手段の必要性に関し、「第一触媒段階ならびに第二触媒段階の操作条件により、第一及び第二段階の反応器流出物中で気相におけるアクロレインの制御し得ない「後期燃焼」(制御し得ない「後期燃焼」は本願発明における「自動酸化による暴走的燃焼反応」と同義と認められる。)を生ずることがある。後期燃焼はたとえばa反応器流出物中の酸素及びアクロレンの分圧が高いほど、……著しくなる。」との記載(二頁左上欄一四行ないし右上欄三行)、「本発明の目的は、互いに空間的に分離された二個の段階において気相中でプロピレンを触媒的に酸化することによるアクリル酸の製法において、両段階の間の後期燃焼を特に簡単かつ有利な手段により回避することにある。」との記載(四頁左上欄四行ないし八行)及び「第一段階からの熱い反応ガス及び供給される加熱されない廃ガス及び空気の間の直接熱交換により、触媒の一定の酸化度を保持するために必要である反応ガス中の高い酸素濃度においても、均一な気相中のアクロレインの後期燃焼が実際上起こらないような温度への反応ガスの迅速な冷却が可能となる。」との記載(同頁左下欄一九行ないし右下欄四行)のあることが認められ、一方、引用例一には第一段反応からの生成ガスの温度調節についても触れるところがないことは、当事者間に争いのない前記相違点三から明らかであるところ、成立に争いのない甲第三号証(引用例一)によるも、引用例一には特に後期燃焼を防止する手段に関する記載は見当たらない。

しかしながら、右甲第三号証によれば、引用例一には、第一段及び第二段反応のガスの組成、触媒、反応温度、空間速度等の、反応を実施するために必要とされる反応条件が詳しく記載されており(三頁左下欄一一行ないし五頁右上欄末行)、更に、実施例一ないし一二においては、具体的な製造条件を選定して、実際にアクリル酸を特定の収率(例えば、実施例一では八三・〇モル%(二四時間)、八三・二モル%(一〇〇〇時間))で得た旨のデータが第1ないし第3表に記載されていることが認められるところ、右甲第三号証によるも、引用例一の各実施例における右データが現実の実験結果に基づかない架空のものであると認めるべき事情は見当たらないから、右データは現実に行った実験結果を記載したものであると認めるのが相当である。

そして、引用例二の方法と同じく二段法である引用例一においても、前認定にかかる引用例二の制御し得ない後期燃焼の現象が生ずるものと認めて差支えないものというべきところ、引用例一には特に後期燃焼を防止する手段に関する記載が見当たらないことは前認定のとおりであるとはいえ、前掲甲第三号証によれば、引用例一には、後期燃焼を防止する手段が一切不要である旨の記載があるわけではなく、むしろ、「二つの反応器を分子状酸素含有ガス及び水蒸気の添加用ノズルを備えかつ熱交換器を備えた導管で連絡し第一段触媒を含む反応器から出る反応生成ガスを第二段触媒を含む反応器へ導入されるようにした。」との記載(六頁左上欄八行ないし一二行)のあることが認められるところからみて、右記載において、第一段の反応からの生成ガスは熱交換器によって冷却されるものであると認め得るから、引用例一記載の発明においても右冷却によって制御し得ない後期燃焼が防止されていることが推認され、引用例二に右のような記載があり、一方、引用例一には特に後期燃焼を防止する手段に関する記載が見当たらないからといって、直に引用例一記載の発明が実施不能であると断定することはできない。

(2) 更に、原告は、高濃度で第一段のプロピレン酸化を行った場合、反応ガスを二八〇℃以下まで急冷しないと急激な自動酸化(後期燃焼)を生じてしまうことは本願明細書から明らかであり、引用例一記載の方法をそのまま実施すれば自動酸化が必ず起こるから、引用例一記載の発明は実施不能である旨主張する。

しかしながら、引用例一記載の発明においても、第一段の反応からの生成ガスが熱交換器によって冷却され、右冷却によって制御し得ない後期燃焼が防止されていることが推認されることは前認定のとおりであり、他方、前記の本願発明の要旨によれば、本願発明の構成は第一段反応からの生成ガスを二八〇℃以下まで急冷することを要件とするものであるが、この急冷温度を二八〇℃以下に限定したことに必ずしも臨界的意義が認められないことは後に認定するとおりであるから、引用例一記載の方法をそのまま実施すれば自動酸化が必ず起こると断定することはできない。そして、引用例一の各実施例におけるデータは現実に行った実験結果を記載したものと認められることは前認定のとおりであるから、原告の右主張も理由がないものといわざるを得ない。

(二)  引用例一記載の発明と引用例二記載の発明とを組み合わせることの予測困難性について

(1) 前認定の引用例一及び引用例二の記載内容によれば、引用例一記載の方法と引用例二記載の方法は、いずれもプロピレンを原料として、接触酸化反応によって第一段反応において主としてアクロレンを生成させ、次いで第二段反応においてアクリル酸を製造するものであって、原料、中間生成物、最終生成物及び反応様式を同じくするものであることが認められる。そして、前掲甲第三号証によれば、引用例一には「本発明は、プロピレンを高濃度で含有するプロピレン、空気および水蒸気よりなる原料ガスを用いて接触気相酸化し、第一段として主としてアクロレインを生成させ、ついで第二段としてこのアクロレインよりアクリル酸を高収率かつ工業的に有利に製造する方法を開示するものである。」との記載のあることが(二頁左上欄一二行ないし一八行)、前掲甲第四号証によれば、引用例二には「この方法を工業的規模において危険なく、そして収率、空時収量、アクリル酸の純粋単離における手段をどに関する最適条件下に実施する課題の解決には、……」との記載があることが(二頁右上欄一〇行ないし一三行)、それぞれ認められ、両引用例記載の発明は、いずれも生成物の収率向上を重要な課題とするものである。したがって、引用例一記載の方法と引用例二記載の方法とを組み合わせることを着想すること自体に特に困難性があるとは認められない。

そして、当事者間に争いのない前記引用例二に関する記載によれば、引用例二には、第一段からの生成ガスを一五〇ないし三二〇℃、特に好ましくは二〇〇ないし二七〇℃に迅速に冷却することが開示され、また、二段法によってプロピレンからアクリル酸を製造する方法において、操作条件により流出物中で気相におけるアクロレンの制御し得ない「後期燃焼」を生ずることがあり、この後期燃焼は反応器流出物の温度が高いほど、また触媒層の後方の冷却されない空間における流出物の滞留時間が長いほど著しくなることが記載されており、更に、引用例二には「第一段階からの熱い反応ガス及び供給される加熱されない廃ガス及び空気の間の直接熱交換により、触媒の一定の酸化度を保持するために必要である反応ガス中の高い酸素濃度においても、均一な気相中のアクロレインの後期燃焼が実際上起こらないような温度への反応ガスの迅速な冷却が可能となる。」との記載があることは前認定のとおりである。そして、前掲甲第四号証によれば、引用例二には、「さらに本発明方法においては、両段階の間の空間におけるアクロレインの後期燃焼の抑制だけに起因するものではない、アクリル酸収率及び第二酸化段階における選択性の予想外の改善を生じる。」との記載があることが認められるところ(四頁右下欄九行ないし一三行)、この記載は、後期燃焼抑制自体に起因するアクリル酸収率改善の効果が奏せられることを当然の前提として(アクリル酸に転化されるアクロレンの後期燃焼による消耗を抑制すれば、アクリル酸収率の向上がみられるのは当然である。)、後期燃焼だけに起因するものでない改善効果も生ずることを意味するものと解せられる。これらの記載によれば、流出物中で気相におけるアクロレンの制御し得ない「後期燃焼」が生ずることによる弊害が引用例一記載の発明においても操作条件によっては生ずる可能性があることを予測し、また、アクリル酸の収率向上を目的として、引用例二記載の第一段からの生成ガスを迅速に冷却して「後期燃焼」の副反応を抑制する手段を引用例一記載の方法に適用しようとすることは、当業者にとって何ら困難なことではない。

なお、原告は、この点に関し、引用例二記載の発明は一般的にアクリル酸生成反応は冷却すれば収率が上がるものであることを教示している発明ではなく、引用例二記載の発明において収率が五三モル%(比較例一b)から六七モル%(実施例一)に高められるということは冷却の効果ではないと主張するところ、前記のように、引用例二には、アクリル酸生成反応の後期燃焼を冷却によって抑制することによりアクリル酸収率を改善させることができる旨の開示があると認めることができるのであるから、原告が指摘する引用例二の比較例一bと対比される実施例一が冷却効果を示すものでないとしても、第一段からの生成ガスを急冷するという引用例二記載の副反応の抑制法を引用例一記載の方法に適用することは当業者が容易に想到し得るとした審決の認定、判断に誤りはない。

(2) 原告は、プロピレン濃度が七ないし一五%の高濃度法とプロピレン濃度が七%より低い低濃度法とでは、第一段反応の反応ガス中のアクロレンの量も酸素の量も変り、副反応の速度も変るものであるから、副反応の抑制のための冷却条件及び冷却方法は全く独自に検討し直さなければならない問題であるところ、本願発明は高濃度法であり引用例二記載の発明は低濃度法であるから、引用例二記載の冷却温度条件と引用例一記載の他の反応条件と組み合わせにより本願発明の構成を想到することは困難である旨主張する。

しかしながら、高濃度法とされる本願発明及び引用例一記載の発明も低濃度法とされる引用例二記載の発明も、前記の本願発明の要旨及び引用例一、二に関する記載によれば、いずれも二段法、すなわちプロピレンを原料として接触酸化反応によってアクロレンを経てアクリル酸を製造するという方法に係るものであるから、その反応の実態において何ら差異があるものではなく、引用例二記載の冷却手段を引用例一の他の反応条件と組み合わせることにより本願発明の構成を想到する障害となるべき特段の事情も見い出しがたい。そして、特に、引用例二にも実施例一として高濃度法におけるプロピレン濃度七%とほぼ同等のプロピレン濃度六・五%のものが記載されていることについては当事者間に争いがないところであるから、本願発明において、少なくとも右のように引用例二の濃度に近接したプロピレン濃度を用いる場合に関する限り、引用例二記載の発明における副反応の抑制法を組み合わせることにより引用例二記載の発明における副反応抑制の効果及び収率の向上の効果と同様もしくはこれに準ずる良好な効果を奏するであろうと予測することは、当業者の容易になし得るところであると解されることは明らかである。そうであれば、この点からも本願発明は全体として進歩性を否定するほかないものということができるのである。

2  取消事由二に対する判断

引用例三記載の装置が本願発明の要旨中のA項に記載されている要件の全てを充たしていることは、当事者間に争いがない。そして、当事者間に争いのない前記引用例三に関する記載によれば、引用例三には、右装置はオレフィンの酸化のような反応に使用すると反応部から流出する生成ガス中に残留する酸素が惹起する副反応を抑制することができて有用であり、典型的な適用例として水蒸気の存在下でのプロピレンのアクロレンへの酸化反応に使用されることが記載されている。

以上によれば、引用例三は、同引用例記載の装置が、プロピレンを酸化してアクロレンを製造する方法において、第一段の生成ガスを急冷して副作用を抑制するのに適した装置として本願発明の採用する冷却装置の構成を開示しているものであるところ、当業者は、同引用例における右記載を手掛かりとして、引用例二記載の冷却の手法と引用例一記載の他の反応条件との組み合わせにより本願発明の構成を想到するに際し、その冷却の手法の実現のための装置として引用例三記載の装置を採用することを想到することは、当業者であれば容易になし得ることということができる。

原告は、引用例二には引用例三に記載された充填剤を有する管式熱交換器はアクリル酸製造装置としては不適切である旨の記載があり、引用例二記載の冷却の手法として引用例三記載の装置を採用する動機が当業者に生まれるはずはない旨主張するので検討するに、前掲甲第四号証によれば、引用例二には「ドイツ特許第一二四二二〇五号明細書記載の、反応器から出たのちの反応ガスを三一・五m2/m3の表面積を有する固体の不活性材料から成る層に導通する手段も同様に不満足である。この場合には、……後期燃焼を有効に回避することができず、そしてアクロレインおよびアクリル酸の重合が起こる。」と記載され(三頁右下欄一行ないし一三行)、同記載は、引用例三に記載された充填剤を有する管式熱交換器と同タイプの装置は、アクリル酸製造装置として必ずしも満足すべき装置ではない旨の記載であると認めることができる。しかしながら、引用例二に右のような記載があるとの一事をもって、当業者は引用例この右記載をそのまま信じて引用例二記載の冷却の手法として引用例三記載の装置を採用することは全く想到し得ないと判断することは相当でなく、引用例三が客観的に本願発明の採用する冷却装置の構成を開示し、また、引用例三自体に、同引用例記載の装置はオレフィンの酸化のような反応に使用すると反応部から流出する生成ガス中に残留する酸素が惹起する副反応を抑制することができて有用であり、典型的な適用例として水蒸気の存在下でのプロピレンのアクロレンへの酸化反応に使用されることが記載されている(このことは当事者間に争いがない。)以上、引用例二記載の冷却の手法の実現のための装置として引用例三記載の装置を採用することの容易想到性を否定することはできず、この点に関する原告の主張は採用できない。

3  取消事由三について

前記の本願発明の概要によれば、本願発明は、前記の本願発明の要旨のとおりの構成を採用することにより、プロピレン濃度を七ないし一五%と高めることができ、これらよって、高収率のアクリル酸を経済的に生成でき、かつ、アクロレンの自動酸化による暴走的燃焼反応の危険を完全に除き得るというものであるが、八ないし一四%の高濃度のプロピレンを原料として高収率(実施例一では八三・〇モル%(二四時間)、八三・二モル%(一〇〇〇時間))のアクリル酸が得ちれることは引用例一に開示され、また、第一段の生成ガスを急冷することによってアクロレンの自動酸化による暴走的燃焼反応の副反応を抑制し、収率も向上し得ることが引用例二かち知り得るところであるかち、本願発明の奏する、プロピレン濃度を七ないし一五%と高めることができ、これらよって、高収率のアクリル酸を経済的に生成でき、かつ、アクロレンの自動酸化による暴走的燃焼反応の危険は完全に除かれているとの前記本願発明の概要に認定した作用効果は、これら引用例の記載かち当然予測し得る範囲内のものであり、格別のものとすることはできないと解するのが相当である。

4  取消事由四について

(一)  酸素とプロピレンのモル比の数値限定について

(1) まず、第一段接触酸化反応に付すべきガスの酸素とプロピレンのモル比に関してみるに、前記本願発明の要旨によれば本願発明における該モル比は一・一七ないし一・六六であり、一方、引用例一記載の発明における該モル比は〇・六八八ないし二・二八であることは当事者間に争いがなく、前者が後者に包含されていることは明ちかである。

そこで本願発明における右数値の臨界的意義についてみるに、前掲甲第二号証によれば、本願公報の発明の詳細な説明の項の一二欄二三行ないし三二行には「分子状酸素/プロピレンモル比は、一・一七~一・六六、好ましくは一・二〇~一・五〇、である。一・一七倍モル未満では高選択性触媒を用いてもプロピレン転化率を高くすることが困難となり、一方一・六六倍モル超過では余剰の酸素を用いることになって本発明目的に合わないとともに爆発限界を避ける為にも採用されない。分子状酸素/プロピレンモル比がこの範囲内であれば、スチーム使用量はプロピレンに対し四倍モル以下の反応が可能である。」との記載のあることが認めちれる。しかしながち、同号証によれば、本願公報の発明の詳細な説明の項の一五欄四〇行ないし一八欄七行及び表1には、第一段反応原料ガス組成の検討に関するデータとして実施例一ないし三及び比較例一、二が開示され、これちにおける各プロピレン(C3’)転化率は、本願発明の規定する原料ガス組成によらない比較例の場合八七・〇%(比較例一)及び八九・六%(比較例二)であるのに対し、本願発明の規定する原料ガス組成によった実施例のものは九八・八%(実施例一)、九八・五%(実施例二)及び九七・三%(実施例三)と、好結果を示していることが認められ、同データにおいて、これら実施例及び比較例の各酸素/プロピレンモル比は、実施例一にあっては一・四三、実施例二にあっては一・三七、実施例三にあっては一・二五であり、また、比較例一にあっては一・〇九、比較例二にあっては一・一一であることが合わせて認められる。これらの事実によれば、実施例の各酸素/プロピレンモル比はいずれも本願発明の規定する酸素/プロピレンモル比の範囲内のものであり、一方、比較例の各酸素/プロピレンモル比はいずれも本願発明の規定する酸素/プロピレンモル比よりも低いものであることは明ちかであるが、更に本願発明の酸素/プロピレンモル比の下限値(一・一七)に臨界性を認め得るためには、該下限値を境にしてその直前の数値をとるものの奏する効果とその直後の数値をとるものの奏する効果に顕著な差異が明ちかに認めちれることが必要であるところ、右実施例及び比較例における各数値は、いずれも本願発明の該下限値と対比して、直前の数値もしくは直後の数値とみるにはその間の差がありすぎるために該下限値の近傍値とは認められず、これら実施例及び比較例における効果の相違をもって本願発明の該下限値の臨界性を論ずることは相当でないといわざるを得ない。また、右甲第二号証によるも、本願発明の酸素/プロピレンモル比の上限値(一・六六)の臨界性に関する記載としては、前記の「一・六六倍モル超過では余剰の酸素を用いることになって本発明目的に合わないとともに爆発限界を避ける為にも採用されない。」との記載以外の記載は見当たちないことが認められるところ、本願発明のようなプロピレンの二段気相接触酸化によってアクリル酸を製造する方法においては、余剰の酸素をできるだけ少なくし、爆発限界をも考慮すべきことは、当業者の当然に配慮すべき技術的事項であるかち、右上限値を規定したことに格別の臨界的意義を見出すことはできない(なお、この点に関し、原告は、プロピレンの濃度を八%で運転する場合、本願発明の酸素とプロピレンのモル比の上限値一・六六の場合には爆発限界の外であり安全に運転できるのに対し、引用例一では爆発範囲内であり安全運転はできない旨主張するが、前掲甲第二号証によるも、本願公報には該上限値一・六六が特に爆発限界を規定する限界的数値であると認め得るような記載はなく、また、他にこれを認めるべき証拠も見当たらないから、原告の右主張は採用できない。)。更に、「分子状酸素/プロピレンモル比がこの範囲内であれば、スチーム使用量はプロピレンに対し四倍モル以下の反応が可能である。」との記載がある点についても、前掲甲第二号証によるも、本願公報には右上限値及び下限値とスチーム使用量がプロピレンに対し四倍モル以下の反応が可能であることとの関連を示す記載は認められず、また、本件に提出された証拠によるも、その関連性が不明であるから、右記載も本願発明における右上限値及び下限値の臨界性を肯定すべき根拠とすることはできない。そして、前掲甲第二号証によるも、本願公報には、他に本願発明における右上限値及び下限値の臨界性を肯定すべき記載は見当たらない。

よって、本願発明における第一段接触酸化反応に付すべきガスの酸素とプロピレンのモル比の範囲を一・一七ないし一・六六に限定したことの臨界的意義を認めることはできない。

(2) 次に、第二段接触酸化反応に付すべきガスの酸素とプロピレンのモル比に関してみるに、前記の本願発明の要旨によれば本願発明における該モル比は一・七五ないし二・五であり、一方、引用例一記載の発明における該モル比は一・八五ないし四・〇であることは当事者間に争いがなく、本願発明における該モル比の範囲は上限、下限のそれぞれにおいて引用例一記載の発明におけるよりも低く規定されていることが明ちかである。

本願発明における右数値の臨界的意義についてみるに、前掲甲第二号証によれば、本願公報の発明の詳細な説明の項の一四欄三〇行ないし四一行には、「分子状酸素およびスチームの混合物を添加した後の第二段反応原料ガスの組成は、第一段反応に供給した量との合計で、分子状酸素はプロピレンに対し一・七五~二・五倍モル、スチームは一~五倍モルである。好ましくは、夫々一・八~二・一倍モルおよび一・五~四倍モルの範囲である。分子状酸素およびスチームがともに上記下限を下まわるとアクロレンの反応速度が低下し、アクリル酸の単流収率を高くすることができなくなる。上限を上まわる組成は、第二段反応へ供給するガス量が多くなるので、本発明目的に合わない。」との記載があり、同一五欄五行ないし八行には「上記組成範囲を満足する限り、他の不活性ガス、たとえば第二段出口の廃ガスの一部、をリサイクルして使用することもできる。」との記載のあることが認められる。しかしながら、同号証によれば、本願公報の発明の詳細な説明の項の一七欄二六行ないし一八欄三五行及び表2には、第二段反応原料ガス組成の検討に関するデータとして実施例四、五及び比較例三、四が開示され、これらにおける各アクリル酸(AA)収率は、本願発明の規定する原料ガス組成によらない比較例の場合八一・四%(比較例三)及び七九・九%(比較例四)であるのに対し、本願発明の規定する原料ガス組成によった実施例のものは八七・八%(実施例四)、八七・六%(実施例五)と、好結果を示していることが認められるが、同データにおいて、これら実施例及び比較例の各酸素/プロピレンモル比は、実施例四にあっては二・〇〇、実施例五にあっては二・一七であり、また、比較例三にあっては一・九五、比較例四にあっては一・六一であることが合わせて認められる。これらの事実によれば、実施例四、五及び比較例三の各酸素/プロピレンモル比はいずれも本願発明の規定する酸素/プロピレンモル比の範囲内のものであるのに対し、比較例四の酸素/プロピレンモル比のみが本願発明の規定する酸素/プロピレンモル比よりも低いものであることが明らかであるところ、本願発明の下限値(一・七五)とそれぞれ前後する数値をとる比較例三及び四がともに同程度のアクリル酸(AA)収率しか示さないことが認められるから、これら実施例及び比較例における効果の相違をもって本願発明の該下限値の臨界性を認めることはできないものといわざるを得ない(因みに、同データにおける実施例及び比較例の各スチーム/プロピレンモル比は、実施例四にあっては三・八、実施例五にあっては二・〇であり、また、比較例三にあっては〇・八三、比較例四にあっては四・七であることも合わせて認められ、これらの事実によれば、実施例四、五及び比較例四の各スチーム/プロピレンモル比はいずれも本願発明の規定するスチーム/プロピレンモル比の範囲内のものであり、比較例三のスチーム/プロピレンモル比のみが本願発明の規定するスチーム/プロピレンモル比よりも低いものであることは明らかであるところ、本願発明の下限値一とそれぞれ前後する数値をとる比較例三及び四がともに同程度のアクリル酸(AA)収率しか示さないことが認められるから、これら実施例及び比較例における効果の相違をもって本願発明の該下限値の臨界性を認めることもできないものといわざるを得ない。)。また、前認定の「上限を上まわる組成は、第二段反応へ供給するガス量が多くなるので、本発明目的に合わない。」との記載に関しては、第二段反応へ供給するガス量が多くならないようにその上限値を限定することは当業者の当然に配慮すべき技術的事項であるから、右上限値を規定したことに格別の臨界的意義を見出すことはできない。更に、「上記組成範囲を満足する限り、他の不活性ガス、たとえば第二段出口の廃ガスの一部、をリサイクルして使用することもできる。」との記載がある点についても、前掲甲第二号証によるも、本願公報には右上限値及び下限値と他の不活性ガスをリサイクルして使用することが可能であることとの関連を示す記載は認められず、また、本件に提出された証拠によるも、その関連性が不明であるから、右記載も本願発明における右上限値及び下限値の臨界性を肯定すべき根拠とすることはできない。そして、前掲甲第二号証によるも、本願公報には、他に本願発明における右上限値及び下限値の臨界性を肯定すべき記載は見当たらない。

よって、本願発明における第二段接触酸化反応に付すべきガスの分子状酸素をプロピレンに対し一・七五~二・五倍モルに限定したことの臨界的意義を認めることはできない。

(二)  冷却温度の数値限定について

前記本願発明の要旨によれば、本願発明の構成は第一段反応からの生成ガスを二八〇℃以下まで急冷することを要件とするものであるところ、前掲甲第二号証によれば、本願公報には「プロセス面での安全上の問題は、プロピレン、アクロレン等の爆発性組成物の形成を避けること及び第一段出口に於いてアクロレンの自動酸化による暴走的燃焼反応が起る危険があるのでこれを防止又は抑制すること、にある。」との記載(五欄六行ないし一〇行)、「プロピレンの二段酸化の場合は第一段反応後にアクロレンの自動酸化の抑制が重要であるが、アクロレンの自動酸化の詳細は不明であったところ、この反応が温度に対する依存性が極めて大きいことが判明した結果、本発明により特別に配慮された第一段反応装置を使用することにより効果的に急冷が実現できるので、他の要件とあいまって、アクロレンの自動酸化による暴走的燃焼反応の危険は完全に除かれている。」との記載(七欄二九行ないし三七行)及び「第一段反応生成ガスは二八〇℃以下の温度とされてアクロレンの自動酸化(暴走的燃焼反応)は抑制されているが」との記載(一四欄二一行ないし二四行)のあることが認められ、これら記載によれば、本願発明の構成における第一段反応からの生成ガスを二八〇℃以下まで急冷することを要件とすることの技術的意義はアクロレンの自動酸化による暴走的燃焼反応の危険の除去にあるものと解することができる。

そこで、右冷却温度を二八〇℃以下と規定したことの臨界的意義についてみるに、前掲甲第二号証によれば、本願公報には、「冷却の程度は、先ず温度に関しては冷却部出口でのガス温が二八〇℃以下、好ましくは二六〇℃以下、であり、冷却部での滞留時間はできるだけ短くあるべきであって、三秒以下、好ましくは二秒以下となるように管長及び外部熱媒体温度を設定する。」との記載(一〇欄四三行ないし一一欄一行)、「実施例六と比較例五とから空間温度が二八〇℃以下であれば滞留時間が長くても自動酸化量は〇・二%以下へ低減できること、……また、比較例七から内径二一m/m管で滞留時間一・八秒であっても三二〇℃で一・一%反応損失があるから、第一段出口の冷却管を空管で用いることは不可である。」との記載(二一欄一行ないし一一行)が認められ、これらの記載によれば、本願発明は自動酸化による暴走的燃焼反応の危険の除去のための安全性の基準を自動酸化量〇・二%以下としていることが推認できるが、同号証によるも、右安全性の基準として空間温度を二八〇℃以下にして得られた自動酸化量を〇・二%以下に選択したことの根拠を示す記載は認められず、また、本件に提出された証拠によるも、本願発明が右安全性の基準としての採用する自動酸化量〇・二%以下との数値が臨界的意義を有することを認めることはできない。

よって、本願発明における右冷却温度を二八〇℃以下と規定したことの臨界的意義を認めることはできない。

5  以上によれば、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がなく、本願発明の進歩性を否定した審決の認定、判断は相当と認められる。

四  よって、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松野嘉貞 裁判官 田中信義 裁判官 杉本正樹)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例